ある晴れた日のこと。
リートとレスクは、食堂でお茶を飲みながらまったりしていた。
昼食時には人で騒然となるこの場も、ピークを過ぎれば静まり返る。
二人の他には、数名の兵士がそれぞれ食事をしたり茶を飲んだりしているのが目に入る程度だった。

レスクは、自らのカップを手に取り、そのまま口へと近づけた。
紅く透き通った液体を口内に含み、舌の上で転がして、嚥下する。
目はまぶたの裏に隠して、表情は穏やかそのもの。
まるで、茶を嗜む貴族のような、茶の味の楽しみ方を知っている麗人のような。

レスクの眼の前に座ってその動きを観察していたリートは、そんな印象を受けた。

リートが時々思うのは、彼は――レスクは、自分と同じ男なのだろうかということだった。
男性かどうかを疑っているというのではない。もちろんレスクは男性である。
であるのだが、どうも自分とは違う気がしてならなかった。

まず、肌が白い。同じように外に出て訓練を受けているはずなのに、こうも差が出るものか。

さらにジッと顔を見つめてみた。目を閉じている今がチャンスである。

疵もないし、肌が荒れているようにも見えない。玉のような、とはこういうことかもしれない。
よく見れば、睫毛も長い。睫毛で頬が陰るということが自分にも起こり得るのだろうか。

突然、闇のような目が現れた。烏珠(ぬばたま)の色をしている。
きょとんとした顔でリートを見てきたが、没頭していたリートは構わずに観察を続けた。

そうだ、身形も何かが違う。支給された制服のはずだが、手入れが違うのか、色の褪せ方も違っている。
仕草は言うまでもない。ガサツや粗野という言葉がもっとも似合わない兵士だとも思える。

そういえば、意外と髪に艶がない。傷んでるようにも見えないが、他の美麗な要素と比べると不自然に思えた。

「リート? リート」
名を呼ぶ声がする。顔に相応しく、声も穏やかで落ち着いている。すぐに大声で騒ぐ自分とは、やはり違う。

「リート? どうしたんだ?」
少し見すぎていただろうか。どうやら心配しているらしい。
ああそうか、レスクは性格も良いのだ。他人を思いやることができる。

心配そうに見つめながらも、相手の返事を待っている。堪えることもできるんだな。俺なら、きっと耐えられない。

やはり、自分とは全然違うようだ。

もし、レスクがもっと他人と交流を深めたらば、皆もレスクの魅力に気付くだろうに。
きっと女性にも――


そこまで考えて、リートはようやく胸の内に閊えていたものに気付いた。

「リート、具合が悪いなら――」
「そうか、レスクってモテるんだな」

この顔はさっきも見たな。リートはそう思った。

「なんだよ、その顔! 理解不能って書いてあるのが見えるぞ!」
「いや、あまりに唐突だったから…」
「だから、レスクはモテるよなって」
「モテ…?」
「しらばっくれても無駄だぞ! 証拠は挙がってるんだ、この野暮天!」
「リート、野暮天は古い…」
「羨ましいよなー! フィルはフィルでそれなりにあれだしなあ…」

リートは、準備当番に当たったとかで、昼休みにも関わらず砲台へ駆けていった友人のことを思い浮かべた。
彼も、実はそれなりにモテるのである。

ついでとばかりにフィルのモテる要素を列挙しようとしたが、目の前の呆れた表情と緩くつかれた溜息がそれを食い止めた。

「告白、するんだろう?」
さきほどまで紅茶に浸っていたその唇が紡ぎ出す言葉に、リートは心臓を掴まれた気分になった。

レスクが言っているのは、十中八九花屋の子の話だ。ここ最近リートが熱心にアプローチしている子である。
レスクもフィルも、その子のことを自分がどう想っているか知っているし、何度か惚気話も聞かせた。
数日前にも、たしか酒を飲んでいてかなり酔っていたが、次会ったら告白するとか勢い任せなことを言った記憶がある。

だが、いざ告白するとなると、今までのようにはいかない。
これまでの自分の言動を振り返っては悩むことが増えたし、他人と自分を比べることも増えた。
そんなことをしても過去は変わらないし、意味の無いことだと分かってはいるのだが。

そんな思いを見抜いたのか、レスクはさらに言葉を続けた。

「リート、例えたくさんの人から慕われたとしても、最終的に寄り添う相手は1人だ。
 モテることが幸せとは限らないよ」

リートは、眼をテーブルからレスクへと移した。
だが、レスクの眼は下を向いていて、視線が合うことはなかった。

「それに、私は君が羨ましいと思うよ。共に居たいと願う相手がすぐ傍にいる君がね。
 自分の所為ではないのに、想い人と引き離されてしまう人もいるから」

正論だった。
もちろん、リートもそんなことは分かっていた。離れ離れになる辛さは身に染みている。
分かってはいたが、つい八つ当たりをしてしまったようだ。
それをすべて見越した上で諭してくれたレスクに対して、何か照れや恥のようなものを感じたので、
苦し紛れに、「なんか妙に具体的だな」とだけ返した。

レスクは「そうか?」とだけ言って、少し笑った。
実話だと見抜かれることを想定していたかのようだった。

それは誰の話だったのだろう。
リートは、レスク自身の話だろうと思った。

レスクも、愛する誰かと引き離されてしまったのだろうか。
辛い思いをしたことがあるのだろうか。


「…レスクも、好きなやつができたら教えろよ!」

リートは、半ば無意識にそう呟いていた。
呟いたにしては、語気も口調も荒くなっていたが、本人はそのつもりだった。
自分も相談に乗ってやりたい。手助けがしたい。
ただそう思った。

レスクは、本日三度目となる表情でパチリと瞬いたが、すぐに顔を弛ませて言った。
「じゃあ、そのときは遠慮なく相談するよ」



「あと、オレが告白する1週間前から、花屋の出入り禁止な」
「なぜ?」
「レスクみたいな人がタイプなの、とか言われたら立ち直れそうにないから」





ラフを先に読んだ方は、どうしてこうなったと呟いてくださって結構です。私も教えてほしい…
だいたい2時間ぐらい脇目も振らずに書いたらこの程度です。前半で体力を異様に消耗したのは言うまでもない。

しかし、こんな理論的なリートはこっちから願い下げですよ(ひどい)
気付いたら前半がえらいこっちゃになってたけど、まあいいかと思った結果がこれです。
あと私の人物描写は全体的に生々しくてグロテスクだなって思いました。泣いてなんかいない…っ。
それにしてもリートの話かと思いきや、これ完全にレスクの話だよなあ…

あ、前半のレスクの描写はあくまでリート視点であって、本当にレスクがそうだとは言ってないので注意。
ただし髪に艶がないのは事実である。染めた弊害。


>身に染みている
>レスク「も」、愛する誰かと〜
リートの場合は両親との死別を指します。